マンゴーなどのトロピカルフルーツにサトウキビや泡盛など、南国ならではの特産物を多数抱える沖縄県で、新たにコーヒーのブランド化を目指す機運が高まっている。商業・観光振興をにらんだ生産者に加え、元サッカー日本代表の高原直泰さん(41)も活動を始めるなど、「沖縄コーヒー」を取り巻く情勢はかつてないにぎわいをみせている。(社会部・前那覇支局=佐藤 大介)
◇「沖縄の新たな特産物に」
多くのサッカーファンを魅了してきた元日本代表が、南国の地・沖縄でコーヒー栽培に汗を流している―。那覇支局に勤務する記者が、そんな話を聞き付けたのは元号が令和に変わって間もなくのことだった。
「なぜ高原さんがコーヒーを作っているのか」。全日本コーヒー商工組合連合会認定「コーヒーインストラクター」の資格(2級だが)を持つ記者は居ても立ってもいられず、名護市の農園に車を走らせた。
コバルトブルーの名護湾を一望する小高い丘を登ると、約3000平方メートルのコーヒー畑が広がった。入り口には「沖縄SV(エス・ファウ)コーヒーファーム」の看板が立つ。高原さんが代表を務めるサッカークラブ「沖縄SV」の管理する農園だ。
静岡県出身の高原さんは沖縄に縁もゆかりもなかったが、2015年に同地でクラブを立ち上げ、19年からコーヒー栽培を始めた。
「沖縄に来たのは、観光とITに次ぐスポーツ産業を作ってくれないかと依頼されたから。サッカーが活動の軸だが、スポンサー収入だけに頼っていてはいけない。そこで、農業もクラブの事業にしようと考えた」
漠然とした思いで始めたが、耕作放棄地を耕すなど農業体験を重ねる中で、沖縄が抱える一次産業の課題について考えるようになったという。
◇課題は後継者不足と耕作放棄地
沖縄県は全国で唯一、出生数が死亡数を上回る人口の自然増が続く。ただ、農業就業者の高齢化や後継者不足など課題も多い。
県によると、15年度の産業割合は観光や情報通信など第3次産業が84.2%を占める一方、農業・漁業などの第1次産業は1.3%だ。
耕作放棄地も増加しており、県農林水産部の担当者も「相続された後に放置されることが多い」と頭を抱える。
「スポーツが関わることで、こうした課題を解決できないか」。悩んだ末にひらめいたのが、耕作放棄地を活用したコーヒー栽培だった。
念頭に置いたのは、米ハワイ州コナ地区で生産されるコナコーヒーだ。米国唯一の国産コーヒーは希少性から高級銘柄として取引され、世界中に根強いファンが存在する。
「コナコーヒーのような商品になれば、沖縄の新しい産業になるのでは」と高原さん。
かつて所属したJリーグ「ジュビロ磐田」のメインスポンサーだったネスレ日本に話を持ち込んだところ、協力を快諾してくれた。コーヒーの種の提供や、水やりなどの作業に当たる選手の人件費をサポートする話が進んだ。
名護市は耕作放棄地の提供、琉球大学からは栽培支援を受けることになり、19年4月に産学官連携の「沖縄コーヒープロジェクト」がスタートした。
◇2年後に200キロ収穫見込む
この1年で苗木は腰ほどの高さに成長し、3月下旬には初めて花が咲いた。間もなく果実を結び、2年後には約200キロの収穫を見込む。
沖縄は台風の通り道のためリスクも抱えるが、高原さんは「10年、20年先をイメージして取り組んでいる。一朝一夕ではいかないと思っている」とじっくり腰を据える構えだ。
生産規模が膨らめば地域の雇用につながる可能性もあり、プロジェクトの注目度は高い。ネスレ日本の担当者は「将来的にはサッカー場を併設した農園開発なども検討している」と話す。
高原さんも「スポーツと農業が融合して新しいものを生み出せれば面白い。全国にも新たな可能性として広がると良い」と期待を込める。「そのためにも、まずは知名度を上げなければ」
◇「大人の体験学習」評判に
那覇市の北約90キロに位置する東村で、オリジナルの一杯を作り上げる「大人の体験学習」が評判を呼んでいる。
広大なパイン畑とマングローブ林に囲まれ、ヤンバルクイナも生息する土地でのコーヒー体験。記者は高揚感を抑えつつ、「やんばる」の大自然に飛び込んだ。
又吉コーヒー園の又吉拓之代表(33)がコーヒーの収穫体験を始めたのは17年。赤や黄色に熟した果実を摘み取り、種子を取り出す。水洗いをした後に乾燥させ、皮を取り除く。
約2時間半のプログラムは全て手作業だ。香りや色の変化を楽しみながら焙煎(ばいせん)を続けると、香ばしい匂いとともに茶色のコーヒー豆が出来上がる。
数々の工程を体験した後、緑豊かな自然を眺めながら飲む一杯は格別だ。又吉さんによると、収穫体験を始める前後では売り上げが約2倍に増加した。
◇コーヒーで村を元気に
農園の人気の背景には、沖縄を訪れる観光客の増加がありそうだ。アジアの経済成長に伴う格安航空会社(LCC)の就航ラッシュなどで、沖縄の観光需要は近年飛躍的に高まった。
同県を訪れた観光客は18年度に初めて1000万人を突破し、今や世界有数のリゾート地・ハワイと肩を並べる勢いがある。又吉さんも「沖縄は観光の島なので、農業と観光を組み合わせることが必要だ」と話す。
ただ、新型コロナウイルスの影響で先行きは見通せない。人件費の安い外国産コーヒーとは価格面で太刀打ちが難しく、収穫体験だけで収益を確保するのは困難だ。
そのため、会費制で会員を募り、コーヒーやマンゴーを送るなどして固定客を増やす取り組みを続けている。
農園のコンセプトは「県産コーヒーで東村を元気にする」だ。人口約1800人の東村には少子高齢化の波が押し寄せ、村は若者の定住促進や自然を生かした観光振興を課題に挙げる。
又吉さんは「村を盛り上げるための一助になりたいし、村出身と言った時にいろんな人に又吉コーヒー園がありますねと言ってもらえれば良い」と語る。
◇デパートで50グラム4800円!
伊勢丹新宿店の店頭に並んだ沖縄コーヒーが好評だ。販売会社のキャピタル(東京都文京区)によると、価格は50グラム4800円(税抜き)と高価だが、仕入れ分はすでに完売した。
担当者は「生産者は豆を一粒一粒手摘みで収穫しているので質が良い。柔らかな余韻が残るコーヒーです」と話す。
このコーヒーの生産者は沖縄市の宮里直昌さん(70)。「台風を乗り越えれば、絶対においしいコーヒーが作れる」と自信を示すが、宮里さんのコーヒー栽培は苦難の連続だった。
30年前に栽培を開始。畑を変えたり、防風ネットを設置したり、支柱を鉄筋にするなど台風対策を講じてきたが、収穫前には強風で根こそぎ倒されてきた。
生産が安定したのは、名護市の農園でハウス栽培を始めてからだ。課題は生産量が少なく、販売価格が高いこと。生産改良を進めることで、低価格を目指したいという。
「サトウキビに代わる基幹産業にしたい」と思って始めたコーヒー栽培。多くの人に魅力を感じてほしいとの思いから、生産を続けている。
「おいしいから飲んでみて」。取材に訪れた記者の前にも、コーヒーが差し出された。
コーヒーインストラクター2級は対面販売で求められる基礎知識と鑑定技術を認定する資格で、検定時には品種を特定するカッピングテストもある。神妙な面持ちでテイスティングに臨んだ。果たして味は―。
「程よい苦みに、まろやかな後味が調和している」。沖縄の「新たな顔」になる十分な素質を感じた。
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June 21, 2020 at 04:34PM
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目指せブランド化!沖縄コーヒー 元サッカー日本代表も「参戦」 - 時事通信ニュース
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