東京都目黒区のアパートで2018年3月、当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった。
結愛ちゃんが両親から虐待を受けて死亡したとされるこの事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の公判が9月3日に始まった。
弁護側の冒頭陳述では、夫の雄大被告(34)とのいびつな力関係、そして虐待や暴力を制止できなかった「心理的DV」の様子を紐解いた。
Huffpost japan/Shino Tanaka
証人尋問では、駆けつけた消防隊が見た現場の様子が生々しく語られた。
父親・雄大被告が通報「目は開いているんですけど……」
最初に証人尋問の証言台に立ったのは、緊急通報を受けて現場のアパートに向かった世田谷消防署の消防隊の中隊長だった。
1995年に消防庁へ入庁して以来、対応した傷病者の数は約8000人ほどという。
法廷で読み上げられる119番通報の内容を、優里被告はじっと下を向いて聞きながら肩に力を入れている様子だった。
2018年3月2日、午後5時55分。
消防に119番が入る。
「子どもの心臓が止まったかもしれません。船戸です。今度6歳になる5歳の子です。数日前から嘔吐が止まらず、目は開いているんですけど……」
雄大被告が、電話口の通信指令にそう説明した。
搬送までの時系列は、次の通りだ。
午後6時2分、消防隊が到着する。
午後6時8分、救急隊が到着する。
午後6時18分、結愛ちゃんが医療機関に搬送される。
このわずか10分の間で、ベテランの消防隊員は「約25年の勤務の中で記憶に残る凄惨な事案」に立ち会うことになる。
慌てた様子で、部屋の外に出ていた雄大被告。母親の優里被告は心臓マッサージをしていた
「5歳の子どもが意識・呼吸無し。通報は父親から。口頭指導実施中ーーと指令がありました。指令の内容から、心臓マッサージの指導を行っていると考えました」
中隊長が、検察官の質問に答えながら、結愛ちゃんが救急搬送された当日を振り返る。
指令内容から「もしかしたら心肺停止かもしれない」と考えたが、先入観を持たないようにして消防隊4人で向かった。
現場について、車を停めたところ、2階から慌てた様子で男性が手を振って「こちらだ」と言っていたため、場所はすぐわかった。
無線対応の1人を残し、父親の雄大被告の案内で3人で部屋に入った。
玄関の前で、違和感に気が付く。目の前に、パーティションのような、壁のようなものが見えた。
入り口はふさいでいないが、中が見えない状況だった。
搬送の邪魔になるため、キッチンの別の場所に目隠しのようになっていたマガジンラックを異動させた。
部屋に通され、キッチンを通って奥に進み、右側の6畳間に入る。
女の子が、パジャマを着てベランダ側を頭にしてあおむけで寝ていた。布団はかけておらず、母親の優里被告が心臓マッサージをしていた。
優里被告は慌てることなく、淡々とマッサージを繰り返した。
女の子の名前や生年月日、状態を確認する。優里被告に「いつ、このような状態になったんですか」と聞いた。
優里被告は「通報の5分前まで意識があった」と答えた。
呼吸と脈はない。心肺停止状態だ。意識もない。隊員たちで心臓マッサージを替わり、女の子の名前を聞いた。
既往歴や最近の様子を聞く消防隊員に、雄大被告が次のように言った。
「数日前から食欲がない。特に病気はないが、最近引っ越してきたばかりなので、かかっている病院はこちらにはない」
心肺停止状態を脱しようと、隊員たちはAEDの準備をした。
パッドを貼るために、女の子のパジャマをどかし胸を開いた。
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AEDの準備をして、消防隊は驚く。ここまで冷静に、淡々と話していた中隊長の声色が少し上ずった。
「パッドを貼るときに……」
数秒、ぐっと黙り、膝の上に置いた手を強く握った。
「あばら骨が…浮いているくらい痩せていて、パッドをしっかり貼らないといけない、と思った状況でした」
「腕は…腕は骨と皮のように細くなっていて、アザのような変色が見られました。胸はあばら骨が浮くように痩せていて、背中にも複数の傷を確認しました」
「顔色は、土気色で少し茶色く、頬はこけていましたが、目が少し腫れているように見えました。そして、おむつをはいていました」
もうすぐ小学校に上がるはずの5歳11カ月の女の子が、おむつをはいて痩せこけて寝ている。
「普通の事案ではない」と感じるような異常状態を前に、消防隊員は処置を続けた。
6畳間は電気がついていなかった。家族に電気をつけるよう要請したが、灯りはつかなかった。
隣の部屋は電気がついており、そのこぼれた光で動作を確認していた。
顔色が土気色だったので、隊員はこれまでの経験から違和感を覚え、再度優里被告に「本当に通報の5分前に意識を失ったのか」と尋ねた。
優里被告は「はい」と答えた。
すぐ倒れて具合が悪くなったというような状態ではないと判断した。
結愛ちゃんの顔の近くには、液体のようなものがあった。しかしそれは何かわからなかった。
食欲が無いとは聞いたが「数日食べていないような状態だけでは、このような痩せ方はしないのではないか」と感じさせられた。
初めに消防隊が来た時に、父親の雄大被告は慌てている様子だったが、隊員が救命措置をするうちに特に慌てず冷静に受け答えした。
優里被告は、心臓マッサージを交代すると、結愛ちゃんの弟を抱え茫然として立っていた。その場の状況は分かっているようだった。
救急隊に引き継ぎ、消防隊は戸締りや火の元を確認し、一緒に救急車に乗るように指示をした。
「東京消防庁に入庁して、約25年の勤務経験がありますが、このようなお子さんが亡くなった事案というのはあまりなく、私の消防人生のなかでも記憶に残る救急事案になりました」と中隊長は語った。
続けて「隊員も、このような凄惨な事案を受けてショックを受けていました」と伝えた。
(血痕が残る現場の状況、部屋から見つかった結愛ちゃんのメモなどの証拠調べに続きます)
5歳児を追い込んだ虐待の背景は。公判で語られた事件の内容を詳報します
2018年、被告人らの逮捕時に自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。
「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
5歳の少女の切実なSOSが届かなかった結愛ちゃん虐待死事件。
行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。
この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。
2019-09-04 13:09:59Z
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d6f7d47e4b0cdfe05781257
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