
【群馬】夕食の主役は野菜だ。ホウレンソウの茎入りお浸し、皮付きニンジンが入った鍋、コンニャクのみそ田楽……。味は甘くて深みがある。
「畑を見てメニューを決めます」と、「農園民宿かかし」を営む村田幸男さん(66)。無農薬の有機栽培の畑にギリギリまでいた。料理を説明する妻の久美子さん(61)は「こだわりを伝えたいの」と笑う。東京から群馬県みなかみ町西峰須川へ移って約35年。苦楽を共にしてきた。
幸男さんは東京都昭島市の非農家の家で育った。川崎市の大手電機メーカーの工場に通い、残業してコンピューターのプログラムを組む日々。好きで勤めたのに3年で違和感を覚えた。「コンピューターに使われている気がする」
スーツ姿で揺られる満員電車。窓越しに見える梨畑が特別に見えた。農業という生き方もあるのでは。本をあさり、週末には愛媛県伊予市の自然農法家福岡正信さん(1913~2008)を訪ねた。哲学者としても知られる福岡さんが、就寝前にかけてくれた言葉を覚えている。「幸せになりたいだろう」
だから農業なのか、それとも違うのか――。答えは聞けなかったが、迷いは消えた。脱サラして茨城県八郷町(現石岡市)の農場に飛び込んだ。当番制の調理で、人に食べてもらう喜びも知った。
先に独立した先輩の縁で1984年12月、30歳で群馬県新治(にいはる)村(現みなかみ町)の空き家と畑を借りて移住した。雪が積もり、初めての夜はあまりの静けさに涙が出た。「選んだ道だが不安だった」
昼は畑、夜はホテルで働くうち、近所に鉱泉が湧く地があると知り、農園民宿を思いついた。「一緒に民宿をやろう」。保母だった久美子さんにプロポーズし、東京都国立市から呼び寄せた。両親も実家を売って移住。桑畑が広がる地に赤い屋根の民宿を建てた。2階建てで客室は4室。民宿の名は強い風雨に揺れながらも畑を守る「かかし」から取った。
開業は88年6月1日。ちょうど村を二分する選挙の最中。紅白の花輪が両陣営から届いた。ただ、嵐は初日の朝に訪れた。父親が姿を消し、遺体で見つかった。田舎暮らしがなじめなかったのかもしれない。花輪は裏手に引っ込めた。
当初は物珍しさから繁盛して大忙し。だが、マグロの刺し身やエビの天ぷらも並べた食事は次第に飽きられた。首都圏の客も喜ばない。メニューに悩んで3年が過ぎる頃、気づいた。「なぜここに来たのか。畑の野菜をメインに出そう」
年間を通して60種類の野菜を15アールの畑で育てる。収穫や虫取りを楽しむ家族連れのリピーターが多く、五右衛門風呂やうどん打ち体験、飼育するウサギとの触れあいも人気だ。「野菜だけの食事に満足し、考え方が変わった」と話す男性客や、宿泊が縁で移住してきた青年もいる。
最近は大手旅行サイトによるネット予約が主流になった。価格重視で素泊まりする若者ら、客層も変わった。コロナ禍では感染状況に左右され、特に12月は厳しかった。「苦しいけど、かかしのようにたくましく前向きに」と夫婦は思う。
よそ者だけに人間関係に悩む時もあった。自然相手だから完璧は無理と考え、時にはカップ麺も食べた。決してバラ色の移住ではないが、満足だと夫婦は言う。子ども2人もこの地で育てた。幸男さんはこう話す。「空が広くて飽きない。風や雪、雷と毎日が違っていて、ここには365通りの季節があります」(張春穎)
からの記事と詳細 ( 幸せの野菜とは 農園民宿かかし夫婦の35年 - 朝日新聞デジタル )
https://ift.tt/38Qvl1A
No comments:
Post a Comment