厳しい冬がそろそろ終わり、季節は春へと向かっている。しかし山中の気温はいまだ低い。登山中に温かい飲み物や食事をとりたいと思う人も多いだろう。そんなときに活躍するのが、さまざまな調理器具である。
僕はもっぱらガス系のバーナーを使っているが、ガスカートリッジが少々重いのが難点だ。しかもその構造上、調理に必要な分量以上の燃料も持っていかねばならない。ガスカートリッジ内に残っているガスがどのような分量であれ、不要分を抜いて捨てるわけにはいかないからだ。
そこで、ガスではなく、必要な分量だけ持っていける固形燃料のストーブを使用することもある。最大火力はガスにかなわないが、日帰りや1泊程度の山行では充分だ。
ロングセラーのシリーズに追加されたのは、ただの「ミディアム」ではなかった
今回ピックアップしたのは、ドイツメーカー、エスビットの「ポケットストーブ・ミディアムWS」。昨年の秋に発売されたばかりの新製品である。
同社の「ポケットストーブ」には、これまで「スタンダード」(収納サイズ98×77×23mm/本体重量85g)と「ラージ」(132×96×39mm/174g)というタイプがあったが、基本的にはこれらの違いは大きさだけだ。ほかに「ミリタリー」もあるが、付属の固形燃料のタイプが異なるだけで、本体の大きさは「スタンダード」と同じである。
そこに加わるのが、今回の「ミディアムWS」で、収納サイズは115×86×23mm、本体重量は107gと、「スタンダード」と「ラージ」の中間に位置する。基本的にはこれまでのラインナップに“新しいサイズ”が加わったと考えればいい。
ただし、たんに両者の中間の大きさなのではない。よく見ると、製品名は「ミディアム」ではなく「ミディアムWS」。この「WS」という文字が何を意味しているのかは、これから説明していく。
繰り返すが、サイズは115×86×23mmである。
ストーブの素材は電気亜鉛メッキコーティングスチール。強度が高く、さびにくい材質で、当然ながら熱にも強い。
ひっくり返すと、底面に6つのスリットがつけられているのがわかる。これは燃焼時に空気を取り入れるためのものだ。
エスビットのポケットストーブの特徴は、そのなかに固形燃料を収納できること。「ポケットストーブ・ミディアムWS」も内部にあらかじめ固形燃料が2つ収めた状態で販売されている。この付属している固形燃料も既存のエスビットのラインナップにはなかったもので、「ポケットストーブ・ミディアムWS」と同時発売された新製品。正確に言えば、これも“新サイズ”であり、ひとつ27gだ。
ここで注目したいのが、上の写真でストーブ本体の下に置かれた平たい板のような金属パーツ。じつはこれが「WS」で、「Wind Shield(ウインドシールド=風防)」の頭文字なのである。
開いたポケットストーブを横から見たときに、左右で立ち上がっている部分はゴトクの役目を果たすが、この部分は組み合わせて使うクッカーの底面の大きさに合わせ、2段階で固定できる。
上の写真の下側2点は、ウインドシールドを取り付けた様子。上から見ると長方形をした「ポケットストーブ・ミディアムWS」の四辺のうち3方向を防ぐことができ、いかにも風に強そうな構造だ。詳しくは後ほど説明したい。
さて、以下の写真は、同社のベストセラーである「ポケットストーブ・スタンダード」と並べてみた様子である。使用感が少ないのは、僕が自宅に保管しているエマージェンシーセットに入れていたものだからだ。
大きさの違いは一目瞭然。「スタンダード」は小型で軽量だが、火力は控えめだ。より火力が高いものが欲しい、しかし「ラージ」ほど大きくなくてもいい……という人のために「ミディアムWS」は生まれてきたのだろう。
「ミディアムWS」は固形燃料を置く部分(中央の四角い部分)が約50×50mm。「スタンダード」が約40×30mmなので、だいたい倍くらいになっている。そこに置ける燃料の量や数は、そのときの置き方にもよるので一概には言えないが、それだけ多くの燃料を一度に使えることは確かである。
いったん話を変え、ここからはさまざまなサイズを展開しているエスビットの「固形燃料」を見ていきたい。「ポケットストーブ・ミディアムWS」には27gの固形燃料が2つ付属しているが、組み合わせて使用する固形燃料はどんなサイズでも構わないのである。
右上から時計回りに「固形燃料スタンダード」(ひとつ4g×20個)、「固形燃料ミリタリー12タブレット」(14g×12個)、新発売の「固形燃料27g×8」、「固形燃料ミリタリー」(14g×6個)、「固形燃料5g×16」。
パッケージから出した状態が上の写真。「固形燃料スタンダード」だけは個々に包装されていない裸の状態で販売されているが、「固形燃料ミリタリー12タブレット」「固形燃料ミリタリー」、「固形燃料5g×16」は水に濡れない“防滴ブリスターパック”だ。そして新発売された「固形燃料27g×8」のみ、炎のイラストが描かれた黒い袋で密封されて、同様に防水対策がなされている。エスビットのポケットストーブや固形燃料になじみがない人は、これほど多様な種類が用意されていることに驚くかもしれない。
エスビットの固形燃料は、ヘキサメチレンテトラミン(ヘキサミン)を固形化したものである。展開されている固形燃料のサイズ(1個のタブレットの重量)こそ、4g、5g、14g、27gとさまざまだが、材料としてはすべて同一だ。燃えかすはほとんど残らず、熱効率は7000kcal/kg。カタログ的なスペックでは、4gひとつは28 kcalで、燃焼時間は約5分。5gは35 kcalで6分。14gは98 kcalで12分。27gは189 kcalで、これも12分。どのタブレットを使うかで、火力や燃料時間を調整できるわけである。また、エスビットの固形燃料は、火の粉が飛んだり、爆発したりする心配がないのが大きな長所だ。
各タブレットのサイズやパッケージは、ストーブ内に収納できる個数にも大きく関係する。
右上から時計回りに「固形燃料ミリタリー12タブレット」、「固形燃料ミリタリー」、「固形燃料27g×8」、「固形燃料5g×16」を入れられるだけ入れた状態で、それぞれ6個、9個、2個、12個のタブレットが収納できる。一回の調理にどれくらいの火力と燃焼時間が必要か、一回の山行で火を何回起こすのかなどを考えて、持っていく燃料のサイズや数を決めればいい。
ところで、先ほどの写真には入っていなかったのが「固形燃料スタンダード」だ。これはひとつひとつのタブレットがパッケージに収められていないため、バラバラの状態ではストーブ内に収納しにくい。だが、箱ごとならばきれいに「ミディアムWS」へ収められる。
しかも空いたスペースにはライターも入るのが、ちょっとうれしい。
中国地方の名峰・三瓶山で、まずはコーヒーを淹れるテスト
今回、「ポケットストーブ・ミディアムWS」を使ってみたのは、山陰の日本200名山、三瓶山だ。三瓶山は中央に大きな火口をもつ火山で、外輪山の一角までリフトがつけられている。
しかしこのときは営業休止中。僕は駐車場から自分の足で外輪山へと登って行った。
三瓶山の外輪山にはいくつもの山頂があり、もっとも高いのは男三瓶の1126mである。
また、登山道は外輪山だけではなく、火口内の室内池などにも延びている。
僕ははじめに女三瓶山に登り、そこから反時計回りに男三瓶山を目指した。
晴天で無風と、すばらしいコンディションの日であった。
女三瓶山から1時間程度で男三瓶山。その手前には山頂避難小屋がある。
ここで一回目の休憩をとることにした。
「ポケットストーブ・ミディアムWS」を取り出し、ゴトクを開く。テストのために僕はいくつかのクッカーを持ってきたが、コーヒーを淹れるためのクッカーは小型を選んだ。
ゴトクを最大に開くと、左右のゴトク間の幅は11.3㎝になり、小型クッカーだと燃料を置く場所に落ちてしまう。だが1段階小さく開けば、幅は5.5㎝になり、ちょうどよく収まった。
固形燃料は、コーヒー1杯分のお湯を沸かすのに、付属の27gの固形燃料では火力が強すぎるだろうと、ここでは4gを2つ使ってみた。
無風ではあるが、ウインドシールドも装着。金属製のウインドシールドには熱を反射する効果もありそうで、いくらか熱効率が高まるかもしれない。
音もなく燃焼する固形燃料の炎。なんだか不思議に気持ちが落ち着く。
このときは約300mmの水がお湯になるまでに、5分50秒ほど。
4gのタブレットが2個燃え切り、ちょうどよかった。だが、少しでも風があれば、2個では足りないだろう。状況に合わせて個数を追加したり、14gなどを使ったりしたほうがよさそうである。
ちなみに、ここでコーヒーを淹れるのに使ったクッカーは、この連載で以前取り上げたベルモント「チタンドリッパー&クッカーセット」。
気に入ってしまい、テスト後に購入して今も愛用している。
のんびりとした空気のなか、避難小屋前でのコーヒータイム。うん、悪くない。
僕はこの後、避難小屋の目の前にある男三瓶山の山頂へ移動した。
山頂からは遠方の日本海まで眺められた。
三瓶山は僕が住んでいる東京からは遠い場所にある山だが、わざわざ来た甲斐がある。
大きな山頂標の前で記念撮影。ここは歩いてしかこれない山頂なのだが、きれいに整地されていて、まるで観光地のようであった。
昼食はラーメンに。燃料消費量が掴めれば調理も簡単!
さらに外輪山を反時計回りに進む。
男三瓶山は最高地点だけあって登山者も多かったが、ここから先は静けさが増していった。
子三瓶山を過ぎた場所から火口内に下り、室内池へ。
周囲を外輪山で覆われているため、このあたりはますます無風である。
僕は池近くのベンチに陣をとり、今度はラーメンを作ることにした。
先ほどのクッカーは使わず、ここではラーメン用として少し大型タイプを組み合わせている。
使った燃料は付属の27gひとつ。完全に無風なので、今度はウインドシールドを外してみた。
果たして、お湯が沸騰するまでの時間は?
水の量は550ml。お湯が沸くまでにかかった時間は、約5分40秒だった。
インスタントラーメンを作る場合は、沸騰してから麺を入れ、さらに3分ほど煮こまねばならないが、27gの固形燃料で十分であった。今回の無風下では、27gの固形燃料は約13分20秒も燃え、調理を終えても火がついたままの燃料が余ってしまったくらいだ。燃えていくほどに小さくなっていく固形燃料の性質上、徐々に火力が低下するのは仕方ないが、ラーメン以上に時間がかかるメニューでも、27gのタブレットひとつで作れそうである。
そんなわけで、ラーメンが誕生。
コンビニで買っておいたベーコンやメンマを乗せ、山中にしては豪華だ。うん、悪くない!
一般的な小型ガスカートリッジ(110サイズ)の重量はおおむね200g。バーナーヘッドはメーカーやタイプによって大きく異なるが、コンパクトタイプでも100g弱が多い。つまり、ガスストーブでコーヒーやラーメンを作るには、約300g弱のバーナー(と燃料のセット)が必要だ。だが、今回のような状況で「ポケットストーブ・ミディアムWS」を使えば、せいぜい150g程度。もちろんガスストーブほど火力は高くなく、風の影響も受けやすいので、もっと多くの燃料を使わねばならない状況も念頭に入れなければならないが、うまく使えば装備の軽量化に貢献するだろう。
燃焼後のストーブを見ると、樹脂っぽいススが残っていることがわかる。
少しべたつきそうだが、実際はさらっとしていて未使用の固形燃料をここに収納するのに不都合はない。
ところで、今回の「ミディアムWS」に限らず、エスビットのポケットストーブを使う際に注意してほしいのは、燃料を置いて燃焼させる前に“何かを下に敷く”ことだ。
僕は今回薄い板を持参し、ストーブの下に敷いて使ったが、使用後には一部が焼けていた。スリットの部分から炎が漏れ、木を焦がしてしまうのである。不用意に木製のベンチやテーブルの上などで火をつけると、焦げ跡を残しかねないばかりか、火災の原因にもなってしまう。今年2月末には、栃木県の足利と東京都の奥多摩で相次いで山火事が起こった。なかでも栃木のほうは登山者の火の不始末が疑われている。山中で火を使うときは、ポケットストーブに限らず、十分に注意してほしい。
ラーメンを食べ終えた僕は再び外輪山へ登り、孫三瓶山から大平山へ向かった。
これで外輪山1周である。最後に自分がぐるりと歩いてきた場所を眺め、僕は駐車場へ下山していった……。
まとめ:「ポケットストーブ」は、軽量コンパクトな調理器具として、もっと注目されて良いアイテムだ!
今回のテストで少し心残りだったのは、三瓶山の天候がすばらしすぎたこと。ほぼ無風状態だったために、せっかくのウインドシールドの効果を判断しにくかったのである。それでも息を吹きかけたりして風を送ってみたところ、ウインドシールドを立てた方向からの風であれば、たしかに炎への影響は低下させられていた。風向きに合わせてストーブの向きを調整すれば、ウインドシールドなしの状態よりも格段に熱効率の高さをキープできると思われる。
また、ウインドシールドには風防としての働き以外に、“重いクッカーを支える”効果も期待できる。ゴトクを狭く開いていると、何かの拍子にゴトクのロックが外れ、水を入れたクッカーの重みでつぶれてしまうのではないかと心配になるが、ウインドシールドをはめておけば、重みがかかってもゴトクが引っかかってつぶれない。実際にはポケットストーブの上へ過度に重いクッカーを乗せる機会はあまりないだろうが、使用時の安心感を高めてくれるのである。
固形燃料を使ったバーナーは、軽量コンパクトさでは現在主流のガスストーブ以上だ。強風には向かないが、風が当たらない場所を探したり、金属の板などで風防を自作したりして使ってもいい。携行性もよく、音もなく静かに燃える炎も魅力的である。古くからある調理器具だが、もっと注目されてもよいのではないだろうか。
からの記事と詳細 ( 軽量な燃焼装備でコーヒーとラーメンを! エスビット「ポケットストーブ・ミディアムWS」を三瓶山で試す - 株式会社 山と溪谷社 )
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